参勤交代で女たちはオナニーざんまい!?

江戸時代には参勤交代という制度があったことはよく知られています。徳川家康が作ったと思われがちですが、実は始めたのは、三代将軍の徳川家光です。全国の諸大名に、1年おきに自分の領地と江戸とを行き来することを義務付けたものです。また、妻子は江戸で暮らすこととなっており、大名は1年おきにしか家族と暮らすことはできません。大名の家族は江戸で生活することになるため、たとえば熊本の城主の息子であっても、実際には江戸で生まれて江戸で育つことになります。父親の跡を継いで大名となるときに、初めて自分の領地で暮らし始めるのです。

江戸に出てくる、といっても簡単なことではありません。大名がひとりで上京するなら大したコストはかかりませんが、側近の部下たちを大人数引き連れての旅となります。100人とか200人とかの団体が、地方から徒歩で何日もかけて状況するのですから、その間の食事代、宿泊代等で莫大な費用がかかりますし、江戸で1年暮らすためにもかなりの費用がかかります。大名たちに金を使わせることで、将軍家を攻撃できるような武力を持たせないために行なわれました。また、妻子を江戸で住まわせるのは、人質の意味合いがありました。

男と女が離れ離れに暮らせば色々と不便が生じます。一番の問題はセックスできないこと。男性は側室・愛人を作ったり、吉原で花魁を抱いたりすればスッキリできますが、女性の方はなかなかそうはいきません。欲求不満を抱えた女たちはオナニーするしかなかったのです。

【参勤交代の武士たちで吉原はにぎわった!?】

世界最大のセックスパラダイス吉原は、もともとは日本橋にありました。つまり、江戸城の近くにあったわけです。住まいの近くに、夢のような歓楽街があれば行って射精してみたくなるのが男というものでしょう。吉原は、江戸城勤務の武士たちに加えて、地方から参勤交代で出てきた武士たちによってにぎわいました。吉原での気持ちよかった体験談を田舎へ土産話として持ち帰るのも地方武士たちの楽しみです。

同僚のやりまくり話を聞いた田舎の武士たちの中には、「次の参勤交代では、自分が江戸に連れて行ってもらう!」と期待する者もでてきます。セックスが仕事のモチベーションになるのです。上位クラスの武士の場合には、田舎に置いてきた妻子とは別に、江戸でも別の「妻」を持つこともありました。お勤めとして二重生活をするうちに、江戸では江戸の妻と1年間セックス三昧し、地元に帰れば久しぶりにとセックス三昧となりました。1年おきに別の「妻」の体を堪能するわけです。

【女たちはオナニー三昧だった!?】

妻たちはどうだったかと言えば、寂しい暮らしをするしかありません。1年間、毎晩イカされ続けた後で、1年間は指すら入れてもらえないのです。武士の妻の浮気には「死罪」と思い罪が科せられましたので、浮気は命がけ。他の男のペニスで慰めてもらうなどということはできません。性欲を紛らすためには、オナニーをするしかないでしょう。

そうした妻たちに人気のあったのが、「ひごずいき」。熊本県産のディルドです。肥後の武士から「お土産」としてもらった妻たちは、みんな1年間は「ひごずいき」を夫の代わりに使ったのです。

参勤交代は、男にとっては吉原で遊んだり、愛人を持ったりできる、便利な制度でしたが、女たちにとってとても迷惑な制度でした。