客を取るだけじゃない、遊女たちの仕事

華麗な衣装に身を包んだ遊女のメインの仕事といえば、客を取ることです。大名やお金持ちの長者など、身分のいいお客をひいきに持てば、実入りもよくなり、お店側からも喜ばれます。しかし、遊女たちの仕事はそんな華やかなものばかりではありませんでした。ときには、裏方に回って花形の花魁や太夫、将来ある遊女の世話役にまわる人たちもいました。ここでは、そんな縁の下の力持ちに回る、知られざる遊女のもう一つの顔に迫ってみます。

【「やり手」と呼ばれる人たち】

年齢を重ねると、肌の張りもなくなり、肉体美も衰えます。そうなれば自然、お客の興味も薄れ、経営側からお払い箱の扱いを受ける遊女もたくさん出てきます。その時点で借金を返済できていたり、お金持ちの旦那に身請けされたり、吉原から引退できる身分であればいいのですが、そうではない人は、そのままお店にとどまって奉公を続けなければなりません。

そんな時、遊女達がやる仕事が、やり手です。やり手とは、お客と遊女との間を仲介したり、遊女の行動や生活を管理監督したりする人たちです。また、お客の中には、遊女に危害を加えるような危ない行為に走る人もいます。そんな事態を防ぐためにお客と遊女を監視することもやり手の大切な仕事の一つでした。

このやり手と呼ばれる人たちは、遊女を引退した人たちがなることが多かったみたいです。元遊女ということで、その立場をもっとも理解し、何かあれば些細なことでも相談にのってくれます。身近にそんな存在がいることで、遊女たちもさぞ心強かったことでしょう。

【飯炊きや衣装管理などの雑用も】

遊郭の裏方の仕事は、やり手ばかりではありません。飯炊きや衣装の縫い付けなど、雑用ともよべる仕事をこなす人たちもいました。その人たちも多くは遊女あがりが勤めたといわれます。

食事や生活のこまごまとした管理も、プロとして必要となってきます。とくに、体が資本の商売ですので、健康管理などに心を砕くことは多かったでしょう。そんなとき、遊女の立場を理解する先輩たちがそばにいてアドバイスしてくれることで、安心して仕事に専念できたのではないでしょうか。

【遊女の年季】

遊女にとって、絶対に超えられない壁があります。それは年齢です。どんなにきれいになるための努力をしても、寄る年波には勝てません。今のようにアンチエイジングもない時代。その時期がくれば、引退ということになりますが、これを「年季明け」といいました。

遊女にとっての年季明けは、およそ10年といわれました。年齢にして、27、8歳くらいです。つまり、三十路になる前に、表舞台から潔く去り、後進に活躍の場を譲らなければなりませんでしたので、遊郭の世界は私たちが想像している以上に世知辛いものであったといえるでしょう。

そんな年季明けを迎えても、やむにやまれぬ事情で吉原にとどまり、先述のやり手や、遊女の生活管理などの雑務にたずさわっていました。この人たちは、まだ幸せなほうだったかもしれませんが、中にはお客と心中したり、病気にかかり命を落としたりする悲しい最後を迎える遊女たちも少なくなかったといわれます。

誰もが幸せになれないことは、時代や職業に関係なく、人間世界の真理といえます。かつての日本社会には、こうした厳しい世界も存在したことに思いをはせ、今を生きる糧にしたいですね。