女子はアナル丸出しでオシッコしていた!?

現代のわが国では道端で「立ちション」することは、とても下品な行いですが、一昔前まではそれほど珍しいことではありませんでした。今では少なくなりましたけれど、道路の両側には蓋のない溝が流れており、そこに向かって男性が立ちションする姿が、よく見られたものです。 道端で小便をするのは男だけとは限りません。小さな女の子も側溝でおしっこをするのは一般的で、パンツを下げてシャーシゃーと放尿する子どもがいたものです。

江戸時代には、大人の女性が屋外でおしっこをすることが珍しくはなく、陰部が見えてしまうことはないにしても、後ろから眺めればアナルは丸見えということも普通にあることでした。当時はトイレ事情が悪く、都市部においては長屋(アパート)にひとつしか便所がないのが当たり前で、個室がふさがっていれば道端でするしかなかったのです。立ちションは恥ずかしいとかみっともないといった感覚がなかったのでしょう。女性がお尻を見せることにも、アナルをさらしてしまうことにもそれほどためらいはなかったのかも知れません。痴漢はわざわざトイレを覗いたりしなくても、屋外で待っていれば、いくらでも見学できたのです。

【トイレのドアがなかった!?】

今ではトイレには中が覗けないようにドアがあるのが当たり前ですが、昔はドアは半分しかないのが一般的でした。そのため、上からいくらでも覗けます。10軒ほどの家族が暮らす長屋に便所はひとつだけ、ということも珍しくはなく、住民が交代で利用します。中に人がいるかどうかは声をかけて確認しました。そのため、使用中にドアを開けられてしまうこともあり、放尿や排便を見られることにそれほど抵抗感はなかったのでしょう。

男性の場合には、フンドシの脇からモノを引っ張りだしてするのですが、女性は下着を身に付けていない、つまりノーパンですので、着物の裾をサッとまくり上げてシャーッと済ませます。人によっては、立ったまま着物の前を開いて、男性のように放尿する人もいました。大便はちゃんと便所でしたでしょうけれど、小便のときには、道端で立ちションすることもよくあったのです。前が覗けば、陰毛の間からほとばしる水しぶきと、ワレメがばっちり見えたはずです。

ちなみに、欧米には現代でもドアの上部が半分ないトイレがありますが、元々は個室でオナニーするのを防ぐための構造です。

【糞尿は売り物だった!?】

江戸時代には、人の尿や便は貴重な肥料です。都市部には、便所にたまった糞尿を買い集める業者がやってきて定期的に回収していました。業者は量に応じて代金を払い、農家へと運びます。農家はそれを肥料として使いました。長屋の場合、糞尿代金は大家のものとなり、借り主たちの大便小便からも収入を得ていたのです。

江戸では、狭いエリアにたくさんの長屋が林立し大勢の人々が集中して暮らしていたために、回収業者もしょっちゅう現れます。そのため、町中に糞尿の匂いが溢れます。かなり臭かったようです。吉原の遊女の日記に、朝から回収業者がきて臭いなぁ、といった書き込みがされていたりもします。木造の家屋は密封性が低く、窓を閉めていても臭気が入ってきてしまったのでしょう。

江戸時代にはトイレ事情が良くないために、多くの人が道端で、立ちションをしていました。男も女も、見られることにはばかりがなかったのです。