寝宿の生活は大人の男への階段だった!?

農村部においては、村人たちが互いに協力しあわなければ、暮らしていくことができませんでした。農作業そのものは家族が力を合わせてするものですが、用水路の整備や脱穀といった作業には、村の協力体制が欠かせません。そうした背景から「共有」概念が発達し、「村の娘の体は皆のもの」「若い衆の性教育は村の女の仕事」といった考え方が生まれ、夜這いというセックスの共有文化が生まれたのでしょう。

一方、漁村では農村よりもさらに強い協力体制が必要でした。船は独りでは乗れません。何人かの漁師が力を合わせて漕ぎ出します。ひとたび海に出れば、すぐに帰ることはできません。荒海の中で命がけで操舵することもあります。命を預けあう仲間になる必要があり、そのために、漁師たちには青年期に共同生活をする習慣が起こりました。それが、「寝宿」(ねやど)とか「寝屋小宿」(ねやこやど)と言われるものです。一定の年齢に達した少年たちがひとつ屋根の下で共同生活をしながら漁師としての修行をします。そして、セックスの修行も。寝宿を通じて、少年たちは村の女たちと、次々に交わることができたのです。

【セックスの仲介所だった!?】

田舎の村では、男女が出会う機会が少ないものです。特に、漁師は朝早くから夕方まででずっぱりの生活ですので、まったくチャンスはありません。放っておけば、若者はみんな童貞のまま、船の上でオナニーするしかなくなります。女たちにとっても、それは同じこと。年頃になっても恋愛対象の若者が全然いないのでは、女たちは自分で自分を慰めるしかなくなります。

そのため、男女の肉体的な接触機会を人為的につくる必要が出てきたのでしょう。寝宿を基点にして、村の女たちの元へと夜這いをする慣習が生まれました。宿の主人は網元など村の重鎮か、勢いのある若いカップルです。青年たちは、ここで漁の技術訓練を受けつつ性の手解きを受け、割り当てられた娘の元へと夜這いをかけるのです。相手の女はくじ引きで決められたり、宿主によって割り振られたりしました。いずれにしても、村の色んな女性と交わることができました。

【村中の若者たちはみんな兄弟!?】

漁村はもともと人口が少なく、若者たちといっても、現在の学校のように何十人、何百人といるわけではありません。村中の適齢期の男性を全部合わせてもせいぜい10人程度。村の娘も同じくらいです。彼らが入れ替わり立ち替わり交わりあうわけですので、全員が互いの体を知り尽くすことになります。誰の具合がいいとか、誰のモノが大きいとかいったことも、皆の共有情報となります。

そうした中で、誰が好きとか誰と結婚したいといった組み合わせが生まれ、祝言をあげて夫婦になります。ひとたび結婚すれば、一夫一婦制となり、女たちは一本のぺニスに尽くすことになります。基本的に避妊という考え方はありませんので、セックスをすれば必ず妊娠します。女たちは結婚するとすぐに妊娠し、出産するとまたすぐに妊娠することになりますので、他の男のぺニスにまたがる暇がありません。かつては村中の男のぺニスにまたがった女も、人妻になれば貞淑な女になるのです。

漁村に多く存在したという寝宿は、若者たちの出会いの場であり、性の共有の場でありました。セックスを通じて、漁師たちが助け合う習慣であったとも言えるでしょう。