上野にある現代の吉原

吉原なんて遠い昔の話。平成のこの世にそんな遊郭の世界なんて存在しない…。ほとんどの方がそう思っても不思議ではありません。幕府が滅んで150年以上、江戸を彩った吉原が今の時代にあるわけが…それがあるんです。吉原跡地ともいえる東京都台東区千束。ここには、売春防止法という法の網をかいくぐって、「本番あり」の性風俗のお店がひしめいています。上野にいけば、吉原の遊女に惚れ込んだ江戸っ子の気持ちが味わえるのです。

【吉原誕生の歴史】

上野の吉原を語る前に、本物の吉原についてさらっとおさらいしましょう。吉原遊郭は、1617年、現在の日本橋人形町あたりに幕府公認の遊女町として誕生したのが始まりです。遊郭発案者である庄司甚内の出身地が東海道宿場の吉原宿であったことから、いつしか江戸の遊郭は吉原とよばれるようになったといわれます。

吉原は江戸幕府公認の遊郭として多くの客を呼び、繁盛しますが、1657年の明暦の大火によって郭屋の家屋が焼失。江戸の街整備も進んでいたことから、浅草の田園地帯に移転を命じられます。最初にあった日本橋の吉原を元吉原、移転先の浅草を新吉原というのは、こうしたいきさつがあるからです。

【上野千束という場所】

明治以降も吉原は遊女たちが客を取って稼ぐ街として栄えます。しかし、時代が上って1958年、売春防止法の施行により、売春目的の営業行為は全て禁止となりました。そのため、江戸時代から続いてきた浅草地区の売春文化も風前の灯火となります。しかし、お店側は営業形態をトルコ風呂方式に変え、生き残りを賭けるのです。

その後も法改正などによって、ソープランド形態の営業も禁止されますが、東京都が施行した「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律施行条例」では、吉原文化を尊重する形で一部地域を「特例地域」とし、現行の建物を維持、または改装するなどして使用する範囲では、ソープランド経営が認められるようになったのです。

現在、同条例の特例地域として認められているのは、台東区千束4丁目の16番~32番、41番~48番に限定されています。この地に行けば、現代の吉原遊女に出会えるというわけです。

【吉原を楽しむなら、ここ】

上野千束は、先述の通り、吉原遊郭があった場所です。そして、東京都の条例により、全国で唯一、ソープランド経営が認められている地域。つまり、この地は吉原の文化を色濃く残す聖地であるばかりでなく、現代の遊女を楽しめる場所でもあるのです。

映画や小説、落語などの世界でしか味わえないはずの遊女の魅力が、上野へ足を運べば身をもって体験することが可能です。性的サービスを満喫するだけでなく、江戸の風情も味わえて一挙両得のおいしさがありますね。

江戸時代に活躍した太夫や花魁と違い、現代の吉原で働く遊女は、どこにでもいる普通の女の子ばかりです。そのため、お店の敷居も低くて接しやすいとはいえ、相手はセックスのプロ。男として彼女たちの目の前で中折れなどの恥ずかしい思いをしないためにも、バイアグラなどの事前準備を怠らないようにしましょう。

その際、ルールに則り医師の処方を受けたバイアグラを使用するようにしてください。ネット購入の安価な品は模造品である可能性が高く、かえって身体に害を及ぼします。上野の吉原は法律をちゃんと守ったお店ですので、私たち利用する側も法律をきちんと守るようにしましょう。

江戸の風俗文化を彩った吉原遊郭。現代を生きる私たちにとっても、魅力的で尊い存在といえるでしょう。