処女喪失は転んですりむいた程度の事件だった!?

最近は「処女」というものの価値が低下しつつあるとはいえ、一定の重要性はあるでしょう。最初に誰に挿入してもらったのか、女性たちは一生大切にその記憶を抱き続けます。明治維新以降に欧米のキリスト教的セックス価値観がもたらされ、「処女」や「貞節」が大事にされるようになる以前、江戸時代においては「処女」にはほとんど価値がありませんでした。どこかの男性に挿入されて出血したのは、道端で転んで擦りむいた程度の「事故」にすぎなかったのです。

夜這い文化のあった農村地域では初潮を迎えた女子たちは、男たちに「入れてもらう」のが務めとなります。いつまでも処女のままでは都合が悪いために、村のリーダーのもとに預けて、処女膜を破ってもらったりすることもあったようです。正常位や後背位、騎乗位など性交スタイルやフェラチオなどの技法をテクニシャンに仕込んでもらうことで、夜這いを受け入れたり、いざ結婚というときに能力を発揮できるようにします。嫁入り前に、しっかりとセックスできる女になるのです。

【男たちはお姉さまに教えてもらった!?】

男の「童貞」は、今も昔も無駄なものです。最近は30代になっても未経験という男子が少なくないようですが、人見知りの強い男性はチャンスがないとなかなか性交できません。江戸時代にはこうした男性をなくすために、村の共同体で「童貞喪失」の機会が作られました。13才くらいになって大人の仲間入りをすると、叔母や近所の娘にセックスの手ほどきを受けました。母親や村の青年団などが適当な相手をあてがって、手こきやフェラチオで射精させ、バギナの舐め方、クリトリスの愛撫のし方を教え、一晩に何度も射精できるように鍛えます。

夜這い開始前には、村の神社や寺院に新人メンバーが集められ、性の手ほどきを受ける儀式もありました。村の後家さんなど経験豊富な女たちも参加して、乱交パーティを開くのです。暗いお堂の中に蒲団がしかれ、何組かのカップルがそれぞれ一つの寝具に入ります。そして、おっぱいの揉み方舐め方、ピストン運動のリズム感や速さを教え込まれます。射精が済んでまだ立つようなら、相手を変えて二回戦です。若いので、一晩で何度も勃起して、3人、4人とつぎつぎに挿入する強者もいます。中には、緊張でぼっきできなくなり、せっかくのチャンスをものにできない男子もいました。今なら、あらかじめバイアグラを飲んで臨むのでしょうけれど、とうじはそんな便利な薬はありませんので、立たなければそれでおしまい。翌日になって、自分のモノに向かって怒りを発散するしかありません。

【女たちは簡単に処女を捨てられた!?】

女性は「初潮をむかえた」か「陰毛が生えそろった」かで、大人の仲間入りをしました。13才~16才くらいが普通だったようです。「陰毛が生えそろった」かどうかは、青年団の団長が陰毛検査をして決定します。「大人」と判断されて女子には、団長が「誰と最初にしたいか」望みを聞いてその男をあてがうこともありましたし、希望とは関係なく、若い男たちの間でくじ引きをして決めたりすることもありました。いずれにしも、一定の年齢になれば、みんな処女を捨てることになったのです。16才くらいまでに、村のすべての女が「セックス経験者」となり、複数のペニスを味わうことになりました。

江戸時代には処女には価値はありませんでした。村の掟に従って、みんな自動的にバージンを失う仕組みがあったのです。