遊女たちのちょっといい話

吉原は疑似恋愛を楽しむ場所です。高級遊女とベッドをともにするには、まず1回目は面会するだけ、2回目には飲食をともにし、ようやく3回目に思いをとげるという回りくどい段取りがありました。会うたびに大金を支払わなければなりませんが、これは結婚するのとにています。結納金を渡すのと同様にお金を支払うと考えれば、吉原での閨は短い時間だけ夫婦になることでもあったわけです。メンタルな面での結びつきを重視した性的行為であるため、男と女の間には、ただの「遊び」を超えた関係が成立したのです。それゆえ、さまざまな「いい話」が残っています。

【頑張りすぎた客を介抱しつづけた奥州】

茗荷屋という店に、奥州という名妓(めいぎ)がいました。「てれんいつはりなし」と提灯に書き、いつも若い衆にもたせていました。「てれん」(手練)とは、見事なテクニックという意味ですので、相当な妙技の持ち主だったのでしょう。奥州は自分のところを訪ねてくれる客を心からもてなし、精神的にも肉欲の上でもとても満足させていたそうです。

ある日、初めての客が彼女のもてなしにいたく感動して、深酒をしてしまいます。奥州自身も「酒豪」であったため、ふたりでどんどん盃をあけてしまったのです。飲み過ぎた客は、しだいに苦しみだしました。奥州はその客を一晩中介抱しましたが、明け方になってとうとう客は吐いてしまいます。座敷中を汚してしまうほどだったにもかかわらず、奥州はまったく意に介しません。側付きの者を呼ぶこともなく、誰にも知らせず自分ひとりで部屋を掃除したのです。人気の遊女ならそんなことは普通はしませんが、奥州は客のために黙って後始末をしたのです。後になってそれが話題となり、ますます人気が高まったそうです。

【百両を突っ返した司】

花魁と客との仲は疑似的に夫婦になることですので、簡単に別れることはできません。一度馴染みになったら客の方は他の女郎に手を出すことは禁止されています。別れるためには「切れ状」という離婚届のような文書を手渡し、手切れ金を渡さなければなりません。18世紀の終わりころ、扇屋という店に司という超人気の遊女がいました。ある客が司に入れあげ半年ほど熱心に通いましたが、心変わりをして別の花魁とねんごろになりたいと考えるようになったのです。その客は「切れ状」などという大げさな書類を出して変な噂が立つことを心配し、内々に別れたいと考えました。

そこである日、百両の大金を包んで司に会いに行き、さてベッドインというタイミングで渡しました。それをみた司は一瞬にして「別れ」を悟ります。そして、「心変わりをした客と閨をともにすることはできません。あなたのことは放りだしますから、どこへでも好きな女のところへ行ってください。でも、私は金で客を他の遊女に売ったなどと噂されるのはまっぴら御免です。どうぞ、百両のお金はお持ち帰りください」と言って突き返したそうです。百両と言えば、現在の価値にすれば数百万円に相当します。そんな大金を返してしまうほどに、司のプライドは高かったのでしょう。

吉原の遊女たちには、さまざまな女がいました。プライドの高い者、情に深い者。それぞれが、吉原伝説をつくっていったのです。