うまいものを食べ、いい女を抱いて楽しんだ江戸町人たち

江戸ッ子といえば性格はきっぷがよくて、「宵越しの金は持たない」と、お金にも執着がなかったイメージがあるでしょう。貧乏でもカッコをつける印象がありますが、実際には、そこそこ豊かに暮らしていたと考えられます。もちろん、経済的に豊かな層は限られていましたが、それでも精神的に豊かであったために、日々の暮らしは充実していたようです。

【一番うまいものを食べていた人々】

江戸の町人たちは、近海でとれた魚と、白米で炊いたご飯を食べ、うまいお酒を飲むこともできました。現代のようにバラエティに富んだ食生活ではなかったものの、毎朝売りに来る「しじみ売り」から買ったしじみでみそ汁をつくり、地方では食べることのない白米を、炊き立てで食べていたのです。「お殿様の方がはるかに美味しいものを食べている」と比較をすることはありませんでした。町人たちは、偉い人たちが食べるものは「毒見」につぐ「毒見」で、冷え切ってしまっていることを知っていたからです。

公家も殿様も何段階かの毒見の後に、冷めきった料理を食べているのだから、それに比べれば、毎日できたてのものを食べている自分たちの方が、ずっと幸せだと感じていました。日本中で一番うまいものを食べているのは自分たちだと思っていたのです。それが、江戸っ子の「粋」でもあったでしょう。

【大奥のある殿様よりも、たまの吉原通いの方が幸せ!?】

性生活についても同じです。殿様は大奥に何人もの側室を抱えていますが、江戸っ子たちはそれを羨ましいとは考えませんでした。偉い人が多くの「妻」を持つのは子孫をたくさんつくるため。セックスしたくてしているのではなく、義務感や責任感から、毎日毎日おつとめしなければならないのです。ある程度の年齢になれば、勃起力も弱まります。それでも何とか勃たせて行為を行なうのは大変です。

現代ならバイアグラをつかって復活させることができますが、当時はそんな薬もありません。勃たなくなれば、ただただ焦るばかりだったことでしょう。それに比べて町人は気楽です。カミさん相手にしたいときにすればいい。たまには他の相手としたいと思ったときには、吉原にでかけていけば、最高の女性と出会うこともできました。勃たなくなったら、諦めるしかありません。江戸っ子たちは、うまいものを食べ、いい女を抱いていたのです。

【吉原の遊女は「情」が売り】

遊郭では、情け深い遊女が「最高」とされていました。井原西鶴の「好色一代男」には、主人公が「情け深し第一」と語るセリフもあります。また、本来は相手にするはずもない貧乏な刀鍛冶(かたなかじ)が、爪に火をともすような生活をしながらためたお金で吉原にやってきたことを知ると、思いを遂げさせてやった遊女をほめたたえてもいます。日本の遊女にとっては、情愛の深さはとても大事な要素だったのです。そして、一方では、いくらお金を積まれても、気に染まない相手は袖にするという頑なさ(意気地)も持っていました。

江戸っ子たちは「粋」を大事に生きていました。遊女たちはそれに対して「情け」で答える。江戸っ子の粋と、遊女の情とがうまくかみ合い、両輪となって吉原の文化を盛り立てたのでしょう。