おっぱいは見放題だった!?

男たちの中にはモノの大きさを競い合う人が少なからずいます。自分が「大きい」と思っている人は旅館や銭湯の風呂場でこれ見よがしにひけらかし、「勃起時には、もっとスゴいことになるんだ」と言わんばかりに胸を張ります。逆に小さい人は、タオルで前を隠し、モノが人目に触れないようにしがちです。小さいのに、「さぁ、小さいぞ!」と威張る人はいないでしょう。

男性が大きさを競い合う姿は浮世絵にも描かれており、しかもかなり誇張されて巨根ばかりが登場します。明治維新後に、わが国の浮世絵を見たヨーロッパの人々は、日本人のモノがとても大きいことに劣等感を抱いたと言われます。一方で、おっぱいも現代の女性の間では自慢ネタのひとつです。セックスには欠かせない性器ですし、おっぱいフェチの男性は少なくありません。しかし、実は江戸時代まではあまり重要視されていませんでした。道端でもどこでも、みんなが丸出しにしていたからです。

【おっぱい自慢する女たち】

EDのために勃起できなくなった男性は、共同浴場で前を隠しがちです。勃起前の普通の形態をさらすだけですので、大きくなるのかならないのかはわからないのですが、「大きくできない」というコンプレックスから隠してしまうのでしょう。現代にはバイアグラという役立つ薬があるのですから、ED.くらいでしぼんでいては、それこそ男がすたるのではないでしょうか。

男性と同じく、女たちも風呂場では自慢し合うようです。大きなおっぱいは女のセクシーさの象徴とされています。男性がおっぱいを好むことは間違いない事実ではあるのですが、男以上に女性の方がこだわりは強いかも知れません。ブルンブルンと揺らしながら洗い場を闊歩する巨乳は少なからずいるようです。ピンクの乳首をツンと立たせながら。

【江戸の女はおっぱい出し放題だった!?】

江戸時代の浮世絵などには、裸の女性が数多く描かれています。よく見てみると、乳首がほとんどありません。ほんの形だけポチッとあるだけです。色も薄くて、まるで存在感がないのです。江戸時代以前には、わが国の女性の乳首の色は薄く、乳輪も小さかったのでしょう。女性の乳首が目立つようになったのは、明治以降のようです。恐らくは、西洋文化の影響でおっぱいがセックスの重要な要素となり、地位が高まるにつれ乳首も色づいていったのでしょう。 江戸から明治、大正にかけて、おっぱいが進化したのです。

半世紀前のわが国では、母親が子どもに授乳する際、人前ですることをはばかりませんでした。若い母親たちが普通におっぱいをボロンと出して、赤ん坊に吸わせていたのです。江戸時代にも女たちは人前でおっぱいをあらわにしました。銭湯は混浴が普通で女たちは乳首もぽろんと丸出しにして入浴しましたので、乳房は決して珍しいものでもなかったのです。アフリカの女性たちの上半身裸の姿が、エロく見えないのと同じように、江戸時代には女性のおっぱいモロだし姿はエロくなかったのです。 実にもったいない時代でした。

明治以降に西洋文化が流入して乳を隠す習慣が浸透するにつれて、乳房に「セクシー」が加わったのでしょう。江戸時代には、女のおっぱいはタダでいくらでも見られたのです。